日記 / 2026年8月1日

五十対の目

三十七度の渋谷。バンブルで会った人と宮益坂を登り、青山ブックセンターで九千円ぶんの本を買い、外苑前でビールを飲み、碑文谷公園のベンチに座った。翌朝、また泊まりに来ていい?と聞かれて、いいよ、と言った。何に同意したのかは分からないまま。

8分 · 4768字日記8月渋谷ヴァージニア・ウルフ

We are in the hands of the Lord. 「私たちは主の御手のうちにある」 ——ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』第一部「窓」11章1

註 1
『灯台へ』第一部「窓」11章: ヴァージニア・ウルフ、1927年刊。ラムジー夫人が一人で編み物をしながら、ふと「私たちは主の御手のうちにある」と口にする場面。彼女は言った直後に自分を捉え直す——どんな主がこんな世界を作ったというのか、と。信仰の告白ではなく、意味してもいないことを言わされた(trapped into saying something she did not mean)という自己への苛立ちとして書かれている。口から出た言葉と、その言葉を発した当人の内側が、一致していない。この日記の末尾で「いいよ」と言ったあとに「いま自分は何に同意したのだろう」と考える構造は、意図してではなく、書いてから気づいた。だから冒頭に置いた。

(この直後、ラムジー夫人は自分に苛立つ。意味してもいないことを口走らされた、と感じて)

Fifty pairs of eyes were not enough to get round that one woman with. 「一人の女をぐるりと捉えるには、五十対の目でも足りなかった」 ——同 第三部「灯台」2

註 2
五十対の目: 第三部「灯台」、リリー・ブリスコウの独白。ラムジー夫人の死後、彼女を絵に描こうとして、どうしても像が結ばれないときに出てくる一行である。「一人の女をぐるりと捉えるには、五十対の目でも足りなかった」——足りないのは観察の精度ではなく、目の数、つまり視点の数のほうだ、という言い方になっている。自分の二つの目で見た向かいの席の人が、白い、目が大きい、唇が薄い、半導体装置の会社の事務、という四つの属性に還元されてしまったとき、足りていないのは情報ではなく角度である。「これは終わった」と判定したのは、四十八対ぶんを省略した判定だった。

土曜日バンブル活動だった。3

註 3
バンブル(Bumble): 2014年開始のマッチングアプリ。異性間のマッチでは女性側からしかメッセージを送れず、24時間で期限が切れる、という仕様で知られる。創業者はTinderの共同創業者でもあったホイットニー・ウルフ・ハード。姓がウルフなのは本当に偶然である。仕様上、こちらは常に「先に選ばれて、待っている側」から関係が始まる。渋谷駅の階段で「待っている側からは自分がどう見えているのか」を考えなかった、というのは、その時点ではもう一度選ばれ終わっていたから、という言い訳が一応できる。

三十七度、と誰かが言ったのだったか、それともスマホの数字を見ただけだったか、とにかく三十七という数はその日ずっとどこかに浮かんでいて 地下から地上へ運ばれていく途中で、これは登らなければならない日だ、と思ったのを覚えている。ハチ公出口。A8出口。 M!LKの事務所のアイドルグループの看板。こないだまでスパイダーマンだったのに。人が次々に吐き出されてくる、順番に、そのなかの一人として出ていくとき、待っている側からは自分がどう見えているのかということを、階段の途中では考えない。


サンダルだった。ドクターマーチンの黄色い刺繍の、黒い革、足首に金具のついた、真夏には重すぎる靴。 アプリの写真より、、、と思って、顔を覗き込むのをやめた。向こうも同じことを思った気がしたので、、2人で青山ブックセンターまで歩く予定だったので、お互いに顔を覗き込まないまま並列であるいた。

宮益坂4。アスファルトが柔らかくなっていて、汗が背中を降りていく。坂の上のほうでは互いに黙ってるしかなくなった。暑すぎて初対面の会話どころではない。

註 4
宮益坂: 渋谷駅東口から青山方面へ上る坂。かつては富士見坂と呼ばれ、坂の中腹の御嶽神社の御利益(益)にちなんで宮益坂と改められた、と伝わる。渋谷が谷である以上、どこへ向かうにも登るしかない。地下から地上へ運ばれ、そこからさらに登る。この日の気温で、初対面の二人がこの坂を登ることを選んだ理由は、青山ブックセンターが坂の上にあるから、というだけである。会話が途切れたのは相性ではなく標高と気温の問題であり、そう思っておくほうが都合がよい。

登りきったところで横にあった額が、濡れていた。前髪がひたひたに貼りついて、そのまま彼女は直さなかった。

「ひたひたのわかめみたいになっているよ」と言うと目があった。 へへへ、といいながらいやらしくなく笑っていた。可愛かった、けれど顔に出ていて、こちらが受け取ったことも伝わっていて、伝わったことを二人とも黙って処理した。


冷気。 多和田葉子5が好きです、と彼女は言った。

註 5
多和田葉子: 1960年東京生まれ、1982年からドイツ在住。日本語とドイツ語の両方で書き、両方で賞を取っている作家。『犬婿入り』で芥川賞、『献灯使』で全米図書賞翻訳文学部門。母語の外側から母語を扱うので、日本語が少しだけ他人の言葉のように見えてくる文章を書く。好きです、と最初に言われた作家がこの人だったことは、あとから効いてくる。この日記じたい、日本語を少し不便に使って書いている。

小説の棚6を一周する。 ピンチョン、と手が取っていた。ウルフ、と手が取っていた。ブラジルのウルフと呼ばれた女7、それも取り、多和田葉子 ——これは彼女のためではない、と自分に言い、「ずっと読みたかったんだよね」などと言いながら、手に取った。

註 6
青山ブックセンター: 表参道の本店。かつては六本木にも店があり、2018年に閉店して青山だけが残った。人文・アート・デザインの棚が強く、平台の並べ方に編集の意思がはっきり出る書店である。棚を一周するあいだ、手が勝手に取っていく本の並び(ピンチョン、ウルフ、リスペクトル、多和田葉子)は、その日の自分がどう見られたいかの一覧でもある。九千円は、その一覧を他人の前で作ってしまったことへの支払いである。
註 7
ブラジルのウルフ: クラリッセ・リスペクトル(1920–1977)。ウクライナに生まれ、乳児のときに家族とブラジルへ渡り、ポルトガル語で書いた作家。『星の時』『G・Hの受難』など。デビュー作の時点で「ブラジルのヴァージニア・ウルフ」と呼ばれたが、本人はこの比較を嫌い、ウルフを読んだのは自分の本を書き終えたあとだ、影響を受けようがない、という趣旨のことを言い残している。他人の名前で呼ばれた作家の本を、ウルフを引用する日記に書きつけているのは、ほとんど加害である。誰かを既知の型で呼ぶこと自体は、この日、向かいの席でも起きていた(注2)。

村田沙耶香8を一緒に読みましょう、と彼女が言った。読みましょう、というのは次があるという意味で、次がある。

註 8
村田沙耶香: 1979年生まれ。『コンビニ人間』で芥川賞。人間の「正常」の輪郭を、こちらが引いたつもりのない場所で引き直してくる小説を書く。短編は特に、読み終えたあとに感想が言いにくい。「感想というほどでもない感想」しか出てこないのは読みが浅いからではなく、あの短編がそういう構造をしているからだ、ということにしておきたい。「一緒に読みましょう」という提案は、感想を交換するためというより、同じものを読んで黙る時間を持つための提案だった気がする。

〔九千円。〕

金額はその場では大したことがなく、後から伴う痛みである。それを知りながらその痛みを引き受けるとき、いくらか気前がよくなり、気持ちよくなっている。


パフェの器に水滴が集まり、集まっては落ち、紙のコースターを濃くしていった。 前かがみでストローの刺さったアイスコーヒーを飲む前髪は乾いていた。 向かい合わせで座っていた。

白い、と思った、異常なほど。目が大きい。唇が薄い。半導体装置の会社で事務を、と彼女が言い、装置、と繰り返しながら、これは終わった、、、と思った。 事務職と看護師と銀行員はつまらないと相場は決まっている。

装置というのは大きいのか小さいのか、とは聞かなかった。露光装置9がバカでかいことくらい知っているから。

註 9
露光装置: 半導体製造の前工程で、回路パターンをウェハーに焼き付ける装置。最先端のEUV露光装置は一台が部屋ひとつぶんの大きさで、重量は百トン規模、価格は数百億円に達する。輸送には貨物機が要る。つまり「半導体装置の会社」の「事務」は、百トンの機械と数百億円の伝票のあいだにある仕事であって、退屈である保証などどこにもない。「装置というのは大きいのか小さいのか」と聞かなかったのは、知っていたからではなく、聞けば会話が続いてしまうからである。知識を、質問をしないための道具に使った。

そうして村田沙耶香の短編を黙々と2人でよみ、ニヤニヤしながら感想というほどでもない感想を言い合った。


外苑前の銀杏の下は、光が篩われて落ちてきて、風のたびに震えた。 改造車が低く唸って通り、路上のスキニー男たちが写真を撮っていた。

ヤクルト阪神戦の直前だった。

九百円のビール。喉が渇いていた。 球場のなかで歓声が上がったのを、聞きながら僕らはまた汗だくになっていた。


学芸大学に行きたいと彼女が言った。鳩の湯の暖簾。ビール。 ぼちぼち飲んで、いい加減話すこともなくなったので、駅まで行った。

もう一軒行きたい、というので、適当なハイボールを飲んだ。

気づいたら碑文谷公園10にいた。池の水は動かなかった。 鴨が数羽、自分の形を水面に置いたまま。帰りたくない、と彼女は言い、ベンチは昼の熱をまだ持っていて、木々のむこうを電車が過ぎ、過ぎ、また過ぎた。

註 10
碑文谷公園: 目黒区、学芸大学駅から歩いて十分ほど。弁天池にボートが浮かび、こどもの動物広場ではポニーに乗れる。夜は当然どちらも閉まっていて、池だけが残る。鴨が「自分の形を水面に置いたまま」に見えるのは、水が動かないからである。ベンチが昼の熱を持っていたのは、三十七度の一日が終わっていなかったからで、その熱は誰のものでもない。帰りたくない、と言われた場所が、こういう、何も起きようのない公園だったことについては、まだうまく書けない。

〔泊まっていった。〕

翌朝——また泊まりに来ていい?

はにかんでいた。何を確認したかったのか。 泊まっていいかということでは、たぶんなかった、泊まったのだから。 次があるかということだったのかもしれず、けれど次があるかを聞くなら別の聞き方があるはずで、それは選ばれなかった。あるいは、昨日のあれはあなたにとって何だったのかということだったのか。 そう聞かれたのだとして、こちらに答えがあったかというと、なかった。あるいは何も確認しておらず、ただ言葉が出ただけだったのかもしれない。

わからない。わからないまま、いいよ、と言った。言ったあとに、いま自分は何に同意したのだろうと思い、思いながら、彼女が靴を履いていた。金具を留めるのに少し時間がかかっていて、その時間のあいだ、ひたひたの額のことを考えていた。

そしてアチアチの外に出ていった


Cosmic Dance / 2026年8月1日
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