日記 / 2023年6月7日

6/7

今日もずっとabletonやってた。

6分 · 3556字日記6月

今日もずっとabletonやってた。

声のサンプルから キック を作ったり、 除去したノイズ成分 に コンプをかけて水笛みたいな音を作ったりしていた。

前までは日記を書くことが、なんとなく制作の1つとして生活の中に組み込むことができていたけど、最近はそれがエーブルトンになっている。

一応ミックスしてSoundCloudにあげようと思うけど、ちょっと今眠すぎて後でやります。

もう朝の7時になる。さっきは資さんうどんに行ってきた。 資さんうどんよ。助けてくれみたいな気持ちですがるように資さんうどんに行くようになってしまったら人間終わりです。

6/3

いちおう、1週間の振り返りをします。

多分土曜日は何もしてないはず。 前日に tinder の人と飲んでいた。 平尾の古民家を改装した居酒屋みたいなところに行った。なんか女の子が日本酒をどんどん飲むので、付き合って飲んでいたらお会計が12,000円だった。僕はそれを払ってしまった。虚しい。

6/4

最近は、tinderの活動が割と好調である。 だからといって別に虚しいだけなんだけど、1週間位前に泊まりに来た女の子が忘れ物をしていたので、それを天神まで届けに行った。なんか気に入られたみたいで、本当は 忘れ物を渡すだけのつもりだったけど、その後天神で1時間位一緒にいためんどくさかったユニクロに行ってエアリズムを買った。

ユニクロに行く途中も何かしきりに手をつないでこようとするのでほんとにいやだった。

6/5

とくになにもしていない。

そろそろインターネットで日記を書くようになって、1年経ったみたいなので書くこともないし、1年前の日記を そのまま転載しようかな。


2022-06-04くらいのにっき

 
6/2

大学入ってから、大学の友達と二人でひたすら飲む。というのをあまりしたことがない。怖いからね。他者に自分を明け渡す。いつからか喋るのが好きになった。コロナ以降なのは明確。むしろ、話したいこと、がないのに人といる必要なんてあるのだろうか。君が私に話したいと思っていたことがあり、私も君に話したいと思っていることがある。その思惑の蠢きを感じながら、飲み会は進む。その思惑が発動するまで、「おしゃべり」に耽る。別にハイデガーなんて読まずとも「おしゃべり」が全く意味のないこと、頽落していることくらい誰でもわかる。

  • 現存在は日常生活において『頽落(Verfallenheit)』した状況にある。すなわち「彼らと共に」世界・内・存在に没入している。手元にあるものに配慮することまでが「彼ら」の影響にさらされる。哲学用語として用いられても「頽落」はどこか神学の匂いがする。神のまえにある罪深い人間と同様に現存在も頽落する。では、ハイデガーのいう頽落はなにから構成されているのだろうか。 『頽落』は現存在にとって基本的なあり方の一つである。 (1)『世間話(Gerede)』公共世界における日常会話。「平均的理解が可能」な話し方。「おしゃべり」といってもいい。 (2)『好奇心(Nengier)』好奇心を持つのは良いことではないのか。ハイデガーによると、好奇心は新しい流行(『彼ら』は目下何をしているのか)と代理経験を欲することである。 (3)『誘惑(Versuchung)』世界・内に没入、彼らに服従しようとする誘惑。 (4)『鎮静(Beruhigung)』現存在の落ち着かない気分を日常生活における様々な満足によって洗い流される。現存在の複雑なあり方が我と我が手で世俗的御祓を受ける。 (5)『疎外(Endfremdung)』存在論的に真である統一された自己から自らを切り離すことをいう。

私は飲み会を投企する場だと思っている節がある。でも人に投企を強要するのは暴力な気もする。(投企、要は「ぶっちゃけ話」のことである。)そして、ぶっちゃけ話をしてもわかってくれないことの方が多い。それでいいのだ。そこから「おしゃべり」じゃない飲み会が始まる。
私が君を誘ったこと、私が彼らと関わりたくないと思うようになったこと、でも他に行き場所がないこと、ティンダーをやっていること、合宿に行くこと、インターネットの人と鹿児島に行くこと。百姓の保守性と都会インテリには敵わないなぁ。
6/3

我々はあなたを愛していない。我々は何も愛していない。我々は神(みたいなもん)に)に仕える物である。我々はあなたを必要としている。つまり、神(みたいなもん)があなたを愛している。あなたの自我を神(みたいなもん)に明け渡せ。あなたの砂漠を神(みたいなもん)が知っている。あなたがほほえんでいるとき、神(みたいなもん)があなたの砂漠を知っている。
共に神(みたいなもん)のわざを行おう。共に砂漠をつくろう。
ほほえんで人間たちの海に飛び込もう。恐れることはない。どんな海も潤せはしない広大な砂漠が、海の向こうにはあろうものを。

6/4
今日ディーバでずん飯尾がでてるよくわからんバラエティを見続けてて「何も考えなくてさいこー」って感じだった。その後にザボーイズシーズン3見たら意味しかなくて辛くなった。辛かったんだけど、どうせみんな破裂するの忘れてた(笑)ザボーイズ、ありがとう。ありがとう
そしてホームランダーの気持ちを今は理解する。(2%くらい)それは俺が大人になったわけでも、賢くなったわけでもない。俺が俺に素直になっただけだ。
6/5
また、八本脚の蝶を読んでいた。

隣り合わせの独房に入れられ、壁をコツコツと叩いて通信し合う囚人ふたり。壁は、2人を分け隔てている物であるが、また、ふたりに通信を可能にさせる物でもある。わたしたちと髪の間も、そんな具合だ。どんな分けへだても、絆になる。シモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』

壁が薄くなり、いつでも突き破れる、向こう側が透けて見える時、人は単独者になれる。薄い壁は美しく、膜のようにすら見える。突き破るその瞬間まで、世界は美しく、見えるのだろう。
ゴキブリは醜い。ゴキブリは、世界の終わる、瞬間に美しくなるか。オーウェル「1984」はそんなことないという。醜いゴキブリは我々という死の恐怖、に対峙した単独者であろう。ゴキブリは醜い。ゴキブリの世界が終わる瞬間に、単独者でいる瞬間に、ゴキブリのみている世界は美しいのかもしれない。だが、残念なことに、ゴキブリは醜い。だから、薄い壁を、美しい膜を突き破ろうとしている時、君は美しく入れるのだろうか。
6/6
今週を振り返る時、今日を振り返る時、特に何もしてないのだ。特に書くことがない。とはいえ考え事はしている。何も覚えてないけど。思弁的実在論なんて意味はないんだろうと思う。だって俺は今日何もしてないんだから。今週木曜日、羊文学のライブに行く予定だった。とても楽しみだった。でも朝倉市、福岡のど田舎の市(だと勝手に思ってる)に3泊4日することになった。ティンダーでマッチした人の家に行く。なんで行くのか、俺もわからない。セックスもしないだろう。おそらくキスもしない。時間の無駄かもしれない。書を捨てて、街に出よう。不幸にも世界は意味がないことを受け入れてしまう。不幸にも世界は、マッチングアプリでの目的のない出会いを提供してくれる。不幸なことに、俺は、何もしてないのに、存在している。
朝寝て、昼起きて、コーヒーを入れて、タバコを吸って、本を読む。俺はそれで満足で、ZINEもカレーも、丁寧な暮らしも、インスタグラムのフォロワーも、カルチャー(笑)に造詣の深い友人も、有名人と知り合いの友達もいらない。あれはむしろ、ハイカルチャーへの憧憬だったりルサンチマンの表出の部分が近い。でもだからこそ、インテリ(亜インテリでもいいけど)としての責任について常に自問していかないといけない。

Cosmic Dance / 2023年6月7日
註の番号を押すと本文中に開きます

みんなの今日

今日の一枚を投稿する