日記 / 2023年4月14日
4月14日
最近笑いながら話す癖がついてしまった。苦笑しながら話すオタクのヤバいやつみたいになってきている。
Twitterを見ていたら女子二人が一緒に飛び降りている動画が流れてきた。何回も見てしまった。結構精神的に食らった。最後の方泣きながらリピートしてた。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
でも大丈夫だ。恐怖で人は死にはしない。だから私はいくらでも怖がればいい。恐怖で心と身体が一杯になって破裂しそうな気がしても、それはそんな気がするだけだ。
絶対に、恐怖なんかで人は破裂したりしない。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。でも大丈夫だ。怖いだけなら死にはしない。
首を吊ったり飛び降りたり飛び込んだり薬を飲んだり大動脈を切ったりガソリンをかぶって火をつけたり冬山で雪に包まれて眠ったりしなければ、人は死なない。自殺しなければ、私は死なない。ただ怖いだけだ。
怖くて怖くて怖くて泣きわめいて言葉にもならない叫びを上げる。でもそれでいい。死にさえしなければいい。生きていればいい。どれだけ私の心身が恐怖に侵されようと、死にはしない。
私は生きている。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
恐怖でなんで死ねないの? そうしたら自殺じゃなくて自然死ですよね。
「居なさい。」
はい、居ます。生きています。怖いです。怖いです。怖いです。怖いです。怖いです。怖いです。
怖いです!
だれか私に苦痛を与えてください。恐怖より強い苦痛を。苦痛だけが恐怖を消してくれる。苦痛だけが生を安楽にしてくれる。苦痛がなければ私は生きていけない。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いでもね私はまだ発狂してないのだから本当は余裕があるの怖がってみせているだけなの怖いけど怖いけど怖いけど。
それ故に、神が充分なりとなし給うている限り、お前もまた心を安んじていいのである。しかしお前に関して神が他の運命を希望し給うときには、お前はまたそれに満足しなければならない。人間は内面的にその全意志をあげて神に従えば可なりであって、外面的な様式や業作の如何にははなはだ拘泥しないがよいからである。
(マイスター・エックハルト『神の慰めの書』相原信作 講談社学術文庫 1985.6)
「居なさい。」
はい、居ます。生きています。私は死ぬことなど考えません。生きることも考えません。ただ、怖いだけです。怖くてたまらないだけです。でも恐怖で人は死にませんから、大丈夫です。
大丈夫です。
おかげで八本脚の蝶のことをまた考えてしまった。ぼくにゲランのミツコの香水を教えてくれたのは二階堂奥歯だ。別にいい匂いでもないし、匂いをいつでも思い出せるほど気に入っているわけでもないのだが、思い入れのある香水。 スピーカーからディスコの神様が流れてきた。涙が出てきた。 Twitterで知ったから、もしかしたら間違っているかもしれないが死んだ女の子は大森靖子とかかまってちゃんが好きだったみたい。ゼロ年代みたいだ。ゼロ年代メンヘラカルチャーをやってた人たちが今は30歳になっていて、「批評で人が死ぬなんて意味がわからない。意味がわからないから逃げた」と言っていたのを思い出す。はるしにゃんのTwitterアカウントはこの間消えてたし。
「わかったわかった、愛についての御託はいいから早く精神科に行こう」 (はるしにゃん)
リリィシュシュの全てはめっちゃ嫌いな映画だけど、2001年に作られたことだけなぜか記憶している。あの内省的な暴力の形態についてもっと知りたいと思う。それで言うならクーリンチェも似ているなと今更ながら思ったりした。 男性の性欲における暴力性ってかなり、他殺的な感情で自殺的な感情にならない。性欲が満たされている時は死にたいとか思わない気がする。
フロイトが快原理の彼岸で言ってたこと
max for live使ってみたけどpushが欲しくなった。
再帰性と偶然性読んでるけど難しい。ゆっくり読めば全然読める
みんなの今日