日記 / 2023年4月17日
4月17日
昨日帰ってきて 10 時くらいに寝てしまって起きたら 3 時前だった。 そのあとあまり寝られなかったので、そのまま起きていることにした。再帰性と偶然性を読んだりしていた。
学校帰り、パスピエのアカツキを聴いたら歌い出しが良かった。
世界中の夜を集めて 縫い合わせ
朝が来ないように願った
暗い窓を照らすのは誰
色褪せる前に連れ出して
そのあとパスピエを聴きながらパスピエの好きな歌い出しの歌詞を色々考えていた。
麗し君に熱視線送ったら
左目が溶け出した
乙女の涙 おいくらでしょうか
芝居がかってるって言ってよ
痛いの痛いの ピンクのケロイドが艶めいて あ、ああ綺麗
ショウケースのなかに
思い出を並べて見せびらかしたり
悲しい歌 歌って気をひいたりしたいよ
ソーダ水揺らして 生まれて弾ける泡を見ていた
意味はないよな 理由もないけどそれもいいな
炎天下 炎天下 突っ立って 脱水症状
小声で逆さから数えて
ゼロになる前に隠れなくちゃな
カーテンの裏地 ひそめた息
見つからないように願いを込めた
もういいよ
あとあかつきのサビの最初の分数コードになってるところ気持ちいい Ⅴ/Ⅳ→Ⅰ/Ⅲ のところ
Kindle で九鬼周造の「小唄のレコード」読んでいた。短いので二分くらいで読めた。
私はここにいる三人はみな無の深淵の上に壊れやすい仮小屋を建てて住んでいる人間たちなのだと感じた。
私は端唄や小唄を聞くと全人格を根柢から震撼するとでもいうような迫力を感じることが多い。肉声で聴く場合には色々の煩わずらわしさが伴ってかえって心の沈潜が妨げられることがあるが、レコードは旋律だけの純粋な領域をつくってくれるのでその中へ魂が丸裸で飛び込むことができる。私は端唄や小唄を聴いていると、自分に属して価値あるように思われていたあれだのこれだのを悉ことごとく失ってもいささかも惜しくないという気持になる。ただ情感の世界にだけ住みたいという気持になる。
この辺めっちゃ良かった。無の深淵の上の壊れやすい仮小屋、かぁ。
最近は彼女が欲しいことをためらいなくみんなに話すようにしている。もう流石に Tinder で無限に挨拶し続ける毎日に飽きた。日曜日も新しい女性と会ってきた。元気で面白かったけどこんなことしても何にもならないんだよな、という思いが強すぎてマジで無だった。 せめてお酒飲んだりしてれば、無限に意味のないことを話すことの虚無感くらいはどうにかなる。
みんなの今日