読書 / 2026年3月20日
「僕は幻のために生き、幻をめがけて行動し、幻によって罰せられたわけですね。……どうか幻でないものがほしいと思います」——三島由紀夫『奔馬』
三島由紀夫『豊穣の海』一巻と二巻の比較、倒錯について
三島由紀夫の豊穣の海2巻を読んだ。
一巻は、かなり耽美的で文章それ自体が美しくあぁ、三島ってすごいんだな、などと再確認したのだが話も面白かった。 ドラマチックな物語は大なり小なりテロリストの存在が必要になるわけで、主人公やその他周辺が謎の倒錯をするのが三島の特徴なのかもなと思う。 金閣寺も謎の倒錯だしな、、、
案の定、今回読んだ二巻も思想的に倒錯している、本当のテロリストの話なのだが、別にそこまで面白くなかった。文体も普通だった。
敢えて倒錯として読まないとすると、一巻は、生粋の強者男性でいずれヤリチンになるであろう男が童貞だった頃の話、でかなり清々しいのである。 人を好きになるみたいなことをノリと勢いでやってしまえるのが主人公で、そのあたりの純粋さというか無邪気さが、読んでいてとても気持ちいい。
それに比べて2巻の主人公・飯沼勲は、童貞なのに勃起不全のリビドー溜まりまくり弱者男性テロリストという感じであまりいいと思わなかった。 「純潔の中で美しく死ぬこと」への執着が核心にあるキャラクターで、禁欲主義的な人格構造というか、性的エネルギーが全部「天皇・国家への献身」に昇華されている。外見は筋肉質で強壮なのに、実際は父親に操られ、自分が反対するはずの金銭利益で養われていることに後から気づく、みたいな構造的な弱さがある。
清顕がノリと勢いの人なら、勲はその真逆で、過剰に意味を持たせた死に向かって一直線に走っていくだけ、という感じ。それはそれで三島らしいのだけど、読んでいて気持ちよくはなかった。
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