日記 / 2026年3月13日
三千三百円のパスタは豊かではない
虎ノ門ヒルズの三千三百円のパスタ、パスタとファンクの構造的類似、銀座の刺し身、Tinderの電通女性、アフロフューチャリズムの要約された宇宙。
三千三百円のパスタは豊かではない
仕事でお客さんとランチを食べる機会があり、虎ノ門ヒルズ*1へ行った。ホテルと一体になったレストランで、立派なホテルなので立派なランチ会場だった。
メニューは三千三百円のパスタのみ*2だったので、三千三百円のパスタを頼んだ。
食べ物の値段とうまさについて、5年くらいずっと考えている。こないだ高いランチを食べると豊かになる、と書いた手前で大変申し訳ないのだが、三千三百円のパスタは三千三百円の満足感を提供してくれなかった。
トマトソースになんだかよくわからん貝が乗っているそれは、確かに美味しかった。美味しかったのだが、そもそもパスタという料理は構造的に豊かではないのではないかと思う。
パスタはファンクだ
だって、究極味付けが塩でいいもの。パスタは塩味の料理。 麺としょっぱささえあればパスタとして成立する。
ふと、音楽でいえばパスタはファンクだ、と思った。 一撃のグルーヴの反復で成立する食べ物。 しょっぱさ、にんにく、トマト——それはホーンセクションがあるかとか、JB*3なのかファンカデリックなのかパーラメント*4なのか、という差にすぎない。 基本的にはワンコードの上でグルーヴの反復をどう気持ちよくするか、というのがパスタの本質なのだと思う。
ヨーロッパよりも早くから文明を持ったアフリカの一部、古代エジプトの神話の参照。太陽神から名前を採ったサン・ラー*5、古代エジプトの皇帝の称号を自らに冠したファラオ・サンダース*6、そして、古代エジプト神話をSFコミックと『スター・トレック』の世界観に置き換えることでブラック・ナショナリズムをナンセンス化してみせたPファンク。 Pファンク。ジョージ・クリントンが一九七〇年代に率いたパーラメントとファンカデリックなる二つのバンド。地球にファンクを蔓延させるために宇宙船マザーシップ*7をアメリカ大陸のゲットーに着陸させた彼らは、ステージ上でオーディエンスたちに乗船を呼びかける。
木澤 佐登志*8『闇の精神史』(ハヤカワ新書) pp. 103-104
ゲットーにマザーシップを着陸させること。ワンコードの音楽にワンコードのまま宇宙を接続すること。ファンクの構造には一切手をつけないで、それが鳴っている場所だけを地上から銀河に移してしまうこと。
銀座の刺し身
たまたま夜もお客さんとの食事で、銀座の厳かな日本料理屋に行った。一杯千五百円するハイボールをガブガブ飲んだ。
刺し身がびっくりするくらい美味しかった。昼の三千三百円のパスタがどう頑張っても届かなかった場所に、薄く切られた鮪の一切れ目で着いた。
新橋の新時代
その後、Tinderでマッチした電通*9の女性と新橋で落ち合うことになった。新橋の新時代*10で小一時間おしゃべりをして帰った。顔を見ないで会ったのだが、顔が良い女性で、ハッピーな気持ちで帰宅した。 写真の三割引きだった先週のマッチングアプリと比べると、顔を見ないで会う方が期待値の管理ができる。
要約された宇宙
帰宅して、気になったのでアフロフューチャリズムの現在地について調べてみた。特段面白い感じはしなかった。ただ、面白くなさの正体がよくわからなかった。さっき木澤佐登志の文章でPファンクの話を読んでいたときは面白かったのに、そこから「アフロフューチャリズム」という思想の見取り図に広がった途端に退屈になる。ゲットーにマザーシップが着陸するという光景には確かに何かがあったのに。
*1 虎ノ門ヒルズ。二〇一四年開業。森ビルによる再開発事業。地上五十二階。二〇二三年にはステーションタワーが追加開業し、日比谷線の虎ノ門ヒルズ駅と直結した。オフィス、住宅、ホテル、商業施設の複合施設。周辺のランチ相場は千二百円から千五百円程度で、ホテル併設のレストランで三千三百円のパスタを出すのは、相場としてはやや強気。
*2 パスタのみ。正確にはパスタランチ一種類のみ。前菜もデザートもサラダもスープもつかない。パンは出た。
*3 James Brown(一九三三〜二〇〇六)。ファンクのゴッドファーザー。ソウル、R&B、ファンクのすべてに決定的な影響を与えた。代表曲に「Get Up (I Feel Like Being a) Sex Machine」「Papa's Got a Brand New Bag」など。ワンコードの反復の上でリズムだけを執拗に鍛え上げる方法論を確立した人。
*4 パーラメントとファンカデリック。ジョージ・クリントンが同時に率いた二つのバンド。ほぼ同じメンバーで構成されていたが、パーラメントはホーンセクションを前面に出したファンク、ファンカデリックはギターを前面に出したサイケデリック・ファンク、という名目上の区分があった。実際にはかなり混ざっていた。
*5 サン・ラー。Sun Ra(一九一四〜一九九三)。本名Herman Poole Blount。アラバマ州バーミングハム出身。一九五〇年代に土星から来たと主張しはじめ、以降四十年にわたってアーケストラを率いた。シカゴのサウスサイドのアパートに住みながら自主レーベルSaturn Recordsを運営し、百枚以上のアルバムを残した。安アパートから土星に行った人。
*6 ファラオ・サンダース。Pharoah Sanders(一九四〇〜二〇二二)。本名Ferrell Sanders。ジョン・コルトレーンの晩年のバンドに参加し、コルトレーンの死後はスピリチュアル・ジャズの最重要人物のひとりとなった。二〇二〇年にFloating Pointsとのコラボレーション・アルバム『Promises』で新たな聴衆を獲得した。
*7 マザーシップ。パーラメントのライヴで使用された巨大な宇宙船型のステージセット。実際にステージ上に降りてきて、ジョージ・クリントンが中から登場した。現在はスミソニアン国立アフリカ系アメリカ人歴史文化博物館に収蔵されている。
*8 木澤佐登志。一九八八年生まれ。文筆家。著書に『ダークウェブ・アンダーグラウンド』(イースト・プレス、二〇一九年)、『ニック・ランドと新反動主義』(星海社新書、二〇一九年)、『闇の精神史』(ハヤカワ新書、二〇二三年)など。加速主義、反出生主義、ダークウェブなど、思想の暗い側面を平易な文体で書く人。
*9 電通。一九〇一年創業。日本最大の広告代理店。二〇二四年一月にdentsu Japan株式会社に社名変更。汐留の本社ビルは二〇二四年に売却された。新橋駅から徒歩圏内。
*10 新時代。正式名称「鳥と卵の酒場 新時代」。焼き鳥チェーン。名物は一本五十円の「伝串」。生ビール一九九円。居酒屋チェーンのなかでは最も安い部類に入る。新橋店はSL広場の近くにあり、退勤後のサラリーマンの一杯目に最適化された立地。虎ノ門ヒルズのホテルレストランとは徒歩十五分ほどの距離だが、文化的には相当遠い。
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