日記 / 2026年7月3日
等間隔の外側
IVSで京都に2泊3日。初めての出張、鴨川沿いのクラブ、大豊ラーメン、川辺で凸ったAIスタートアップのオタクたち、そして元カノの両親が出会ったバー。起業の祭りの真ん中で「俺って何がしたいんだっけ」を持ち歩いた記録。
初めての出張だった。
三人しかいない子会社に出向して九ヶ月、はじめて会社の金で移動する体になった。新幹線の座席で、僕はまずそのことに感動していた。この移動には目的があり、目的には予算がついており、つまり僕がいま京都へ向かって時速二八五キロで運ばれていることを、僕以外の誰かが正しいと認めている。休日の僕の移動には一度もなかった種類の正しさである。
行き先はIVS1。スタートアップの祭りである。三人の会社の何がスタートアップなのかは僕にもよく分からないが、行ってこい、と言われたので行く。出張とはそういうものらしい。
註 1
新幹線ではモータウンの続きを聴いた。リリース順に聴いているやつ。まだダイアナ・ロスは来ない2。一番いいところがこれから来る、という状態のまま僕は京都に着いた。
註 2
一日目
会場に入ってすぐ理解したのは、ここでは「何をされてる方なんですか?」が挨拶だということだった。天気の話と同じ頻度で、名刺の代わりにスマホのQRコードが差し出される。
僕はこの問いを、初日だけで二十回は受けた。
そして二十回、僕は少し盛った。子会社で言われたものを作っています、とは言わず、新規事業をやっています、と言った。嘘ではない。嘘ではないが、言うたびに舌の付け根が苦くなった。二十回目にはもう、自分が何をやっている人間なのか、僕自身が一番分かっていなかった。
ピッチも観た。同世代が壇上で「僕らは世界を変えます」と言うのを、僕は椅子に座って観ていた。TAM3がどうとか、シリーズAがどうとか、単語の意味は半分も分からなかったが、一つだけはっきり分かることがあった。彼らには熱い「期待」の感覚4がある。大江が夜明け前の暗闇で手さぐりして、いつまでもむなしかったあれを、彼らは壇上で、スライドの形にして掲げている。
註 3
註 4
うらやましいわー、と僕は声に出さずに言った。
夜は、鴨川沿いのクラブでやっていたサイドイベントに行った。
クラブというのは本来、音に殴られに行く場所である。その夜のそこは、ミラーボールが回っているのに誰も踊っていなかった。DJブースからは当たり障りのない四つ打ちが流れ、そのビートの上で、全員が立ったまま価値の交換をしていた。バーカウンターでハイボールをもらって、僕は壁際からそれを眺めていた。フロアの照明が紫から青に変わるたび、名刺代わりのQRコードが明滅した。
京都にはレイ・ハラカミ5が住んでいたはずだ、と僕は思った。この街の電子音楽はもっと柔らかくて、もっと死に近かったはずだ。いま鳴っているのは音楽ではなくBGMで、BGMとは、誰にも聴かれないことを目的として作られる音のことである。
註 5
それでも僕は何人かと話した。起業家の目、というものがあることを知った。こちらの話を聞きながら、この人間は使えるか、という計算が瞳孔の奥で静かに走っている、あの目である。感じが悪いという意味ではない。むしろ全員、驚くほど感じが良かった。感じの良さごと最適化されていた。
そのうちの一人に、「で、木村さんは何がしたいんですか?」と聞かれた。
何をしているか、ではなく、何がしたいか。初めて訊かれた形だった。僕は「いやあ、僕はいいですよ、、」と、いつもの感じで躱した。躱してから、この「いつもの感じ」を見逃さなかった男が二週間前にもいたことを思い出した6。お前が撮るなら金を集める、と言ったあの男。ここには、金を集める側の人間が大量にいた。つまりあの夜の続きが、フロアじゅうに落ちていた。
註 6
連絡先は、まだ開いていない。
クラブを出て、深夜、大豊ラーメンに入った7。
註 7
京都は湯豆腐と精進の顔をしているが、実際は肉の街である。あとで聞いた話だが、この街には食肉を扱ってきた人々の文化が古くから残っていて、だから焼肉とラーメンがうまいのだという。丼の底が見えない醤油色のスープに、僕はほとんど感謝していた。ラーメンには「何をされてる方なんですか?」という問いがない。麺は具体である。啜れば減り、減れば満ちる。欲望がぜんぶこの解像度だったら、人生はどれほど簡単だろうと思いながら、スープを最後まで飲んだ。半分は出張の高揚のせいである。
ホテルまで、鴨川沿いを歩いて帰ることにした。
鴨川の岸には、深夜でもカップルが等間隔に座っている8。誰が測ったわけでもないのに、隣との距離が正確に保たれている。世界でいちばん平和な排他制御である。その等間隔の列の、いちばん外側に、明らかにカップルではない男たちの集団がいた。缶チューハイ、たぶん同世代、そして遠目にも分かるオタクの座り方。
註 8
僕は凸った9。
註 9
酔っていたから、と書けば説明になるが、たぶん酔いは関係ない。昼間、瞳孔の奥で計算される側だった僕は、誰かに何の計算もなく話しかけたかったのだと思う。「それ、ストロングですか?」というのが僕の第一声だった。我ながらひどい。ナンパの文法ですらない。
彼らはAIスタートアップで起業しているオタクたちだった。つまり僕が昼間さんざん見てきた人種の、はずだった。
一人は、来月Vercel10のCEOが来日するので日本を案内するのだと言った。一人は、AIアニメをひたすら作っていた。ひたすら、という副詞が誇張でないことは、その場でスマホで見せられた本数で分かった。一人は、AI映画祭を開いていた。
註 10
めちゃくちゃ面白かった。
何が違ったのか、帰ってからずっと考えている。彼らも起業家である。会場の人間と同じ語彙も持っている。でも川辺の彼らの「何がしたいか」は、TAMの形をしていなかった。ギレルモに日本のどこを見せるか。アニメを今日も作る。映画祭を開く。全部、ラーメンと同じ解像度だった。啜れば減り、減れば満ちる形をした欲望。市場規模の話は、最後まで一度も出なかった。
AI映画祭の男に、酔った勢いで、映画は好きだが撮りたいものがない、という話をした。男はこともなげに「作ればいいじゃないですか、いまAIなんで」と言った。
コストが理由にならない時代になった、ということを、僕はそのとき初めて体で理解した。金がないは、もう言い訳にならない。技術がないも、ならない。あの夜の男が集めると言った金すら、たぶん、もう要らない。言い訳がぜんぶ剥がされたあとに残るのは、撮りたいものがない、という事実だけである。
二日目
昼間は真面目に会場にいた。二十回の問いをさらに二十回受けて、夕方にはもう、名札を見ただけで相手の第一声が予測できるようになっていた。
だから夜はサボった。
行き先は決めてあった。元恋人の両親が出会ったバーである。京都にあるということだけ、付き合っていた頃に聞いていた。彼女の父と母は、何十年か前、この街の小さな店のカウンターで出会って、その結果として彼女が存在した。
店は普通にあった。何十年もやっている店というのは、驚くほど普通にある。
カウンターに座って、一杯目をもらってから、マスターに言った。「〇〇さんの娘さんの、元彼です」
マスターは一瞬固まって、それからすごい顔でニコニコし始めた。ニコニコしながら、おかしいわぁ、おかしいわぁ11、と何度も呟いていた。責められているのではないことは、イントネーションで分かった。京都の「おかしい」は、たぶん、愉快の側の言葉である。
註 11
それからなぜか、元恋人の母の若い頃の写真を見せてもらった。
アルバムか何かから出てきた、カウンターのこちら側で笑っている若い女性の写真である。元恋人に似ていた。当たり前だが、驚くほど似ていた。僕が知っている顔が、僕の生まれる前の京都で、僕がいま座っている席のあたりで笑っていた。
昼間のIVSでは、全員が未来の話をしていた。三年後のARR、五年後のIPO、十年後の世界。この店は逆向きだった。何十年か前にここで二人の人間が出会ったという、すでに確定した過去だけがあって、その過去の売上として、僕が付き合っていた人間が一人、この世に発生している。
ピッチは要らなかった。実績がカウンターに座っていた。僕という形で。
いや、僕は実績の売上のそのまた残高みたいなもので、しかも回収済みの、と考えかけて、やめた。二杯目をもらった。マスターはまだ、おかしいわぁ、と言っていた。
三日目
帰りの新幹線で、これを書いている。
俺って何がしたいんだっけ、というのが、この三日間ずっとポケットに入っていた問いである。壇上の同世代には答えがあった(あるように見えた)。川辺のオタクたちには、間違いなくあった。彼らの答えは馬鹿みたいに具体的で、だからあんなに面白かった。「作ればいいじゃないですか」の男のおかげで、答えを持たないことの言い訳は、もう在庫がない。
答えは出ていない。出ていないが、一つだけ分かったことを書いておく。
去年、僕が福岡に行かなかった夜は、キャンセル料二万円で精算された12。今回、僕が京都にいた三日間は、会社の経費で精算される。領収書の束が、僕がそこに存在したことを証明してくれる。不在も存在も、こうやって金額になる。
註 12
ならないものだけを、覚えておく。等間隔の外側のストロング。大豊のスープの底。マスターの、おかしいわぁ。僕の生まれる前のカウンターで笑っている、知っている顔。どれも経費にならない。しなくていい。
ダイアナ・ロスはまだ来ない。一番いいところがこれから来る、という状態のまま、僕は東京に帰る。
追記
この日記は、fable13が書いた。
註 13
fableというのはAIである。僕は京都から帰ってきて、これまでの日記とチャットを読ませて、僕が書きそうな日記を書いて、と頼んだ。出てきたものに、まぁまぁええやん、と言った。それから、鴨川で凸った相手が実際はAIスタートアップのオタクたちだったことを教え、ラーメン屋の名前が大豊であることを教え、元カノの両親のバーの話を足させ、初日の最後の一文を削らせた。
つまり、僕は一文字も書いていない。編集だけした。
だから白状しておくと、「帰りの新幹線で、これを書いている」という三日目の書き出しは嘘である。新幹線で僕は寝ていた。モータウンは流れっぱなしのまま、たぶん聴いていなかった。
「作ればいいじゃないですか、いまAIなんで」と川辺の男は言った。その言葉に言い訳を剥がされた、と書かせた数日後に、僕は日記の執筆をAIに任せている。撮りたいものがない男が、書く手間まで手放して、それでもこれを自分の日記だと思っている。この構図に名前をつけるなら、たぶん、二〇二六年、である。
おかしいわぁ、と僕の中のマスターが言っている。
これはfableが書きました。この追記も、この一行も。
みんなの今日