日記 / 2023年12月11日
12/11
男性が""正しく"エンパワメントされることはあるのか。
男性学というと、男性性からの解放、マスキュリニティから降りることで楽になる、自由になる、とか言われている。 その点に関してはそうだと思う。早く男性性から自由になればいいと思う。とはいえ、僕らは男性として生まれてきてしまったので、男性性から解放されたとしても男性を止めることはできない。
そして、男性性からの解放それ自体は、エンパワメントとかとは違うんじゃないか。というのがさっきのnoteの趣旨だったと思う。 さっきのnoteを踏まえて言うなら、男性性から解放されたぼくらがエンパワメントされるには、現状女性になるしかないということなのかもしれない。
中性的な服を着て、化粧をして、脱毛をして、女性になること。女性になれば、あとはギャルマインドからエンパワメントされれば良い。
男性的な振る舞いを気持ち悪いと言って、自分はギャルだということにしてしまえば、あとは勝手にエンパワメントされる。それはきっと気持ち良いんだろう。
うーーん、なんかよくわからなくなってきた
結局、僕が男性学とかをあんまり面白く思えないのは、いわゆる「男性学」が弱者男性のための男性学になっているからなのかもと思った。
非モテとか、弱者男性とかはっきり言ってぼくにはどうでもいいと思う。
コムドットのやまとが背負っているスティグマをみよ!別にコムドットもやまとも全然好きじゃないけど、やまとがイケメンのスティグマを背負って内面化している姿に同情というか、涙ぐましいな、と思うことが多い。
モテるかっこいい男が普通に、男性学をやってほしい。そうすれば「ギャル的なもの」に変わる男性のセルフエンパワメントのモデルも自ずと見えてくると思うのだが。
あと男性学における女性の欲望が語られなさすぎ問題も個人的にはあると思っています。。。
みんなの今日