日記 / 2023年8月1日
8/01
また香水のサブスク始めた
一年半前くらいまでやってたけど、特に意味もなくやめてしまった。
香水は時間に関係している。多分記憶の補助線を引くと、わかりやすくなる。
匂も私のあくがれの一つだ。私は告白するが、青年時代にはほのかな白粉の匂に不可抗的な魅惑を感じた。巴里にいた頃は女の香水ではゲルランのラール・ブルー(青い時)やランヴァンのケルク・フラール(若干の花)の匂が好きだった。匂が男性的だというので自分でもゲルランのブッケ・ド・フォーン(山羊神の花束)をチョッキの裏にふりかけていたこともあった。今日ではすべてが過去に沈んでしまった。そして私は秋になってしめやかな日に庭の木犀の匂を書斎の窓で嗅ぐのを好むようになった。私はただひとりでしみじみと嗅ぐ。そうすると私は遠い遠いところへ運ばれてしまう。私が生まれたよりももっと遠いところへ。そこではまだ可能が可能のままであったところへ。 (九鬼周造,『九鬼周造随筆集』)
「生まれたよりもっと遠いところ」はまっさらな原-記号的なところなのか、それとも生まれる"前"の時間なのだろうか。いずれにせよ、粋と偶然性の哲学者が香水に魅力を感じているのは示唆的だと思う。
橘の匂ひがする。嘗て同じ匂ひを嗅ぎながらほとと ぎすを聞いたことがあつた。あれはいつのことであつ たらう。過去が再び現在として全く同じ姿でよみがえ つてゐる。橘の匂いといふものによつて「永遠の今」 といふ無限な形而上學的時間がそこに含まれてゐる。
「結局柔軟剤が一番好まれる匂い」とか言ってるのは所詮二流だ、香水は嗅がせるためにだけにあるわけじゃない。
時間と記憶を一瞬でグチャグチャにして、「今」を非意味的に切断する。非意味的な切断のでっちあげ。
なんか調子乗ってつけすぎてしまう時あるので自制したい。あと、化学物質過敏症なるものの人は申し訳ない。 本当はノーズショップで高いの欲しいけど、流石にそんな金ない。
『人生で勝つかどうかはどれだけの種類の香水を知っているか』らしいです。亡霊のような読み専用メモリの数。
でも前まではイソップとか嫌いだったけど(今でも周りの人がつけていると萎える。)、むしろベタな方がいいんじゃないかという気もしている。
みんなの今日