日記 / 2024年8月12日
8/12
4連休最終日。
世間的には3連休だが、有給を行使、連休をひとつ延ばした。
恋人が来てくれている、ので、ずっと一緒に過ごしている。 その半分(実際はもっと短い、体感それくらい)は泣いている恋人をあやす時間。
いわゆる"地雷"を躊躇いも悪意もなく踏み抜いてしまえるので 片足を失ったように泣く彼女をさながら慰安婦のように慰めたりしている。 (地雷を踏み抜いているのはぼくなので、片足を失ったくらいに喚き散らしたいのはぼくなのだが。)
PTSDはベトナム戦争が語源になっているとは有名な話だが、 "地雷を踏む"とはおそらく深刻な心的外傷を掘り起こすことにちかい。
「わたしの地雷を全て把握しろ」とは到底無理な話で それができたら別に一緒にいる意味はないとおもう。 反抗期の全く来ない子供を育ててしまったら、子育てを間違ってしまったのかもと考えるのと同じ。 むしろ父や母は反抗期が来た子供を誇らしくはず、子育てしたことないのでわからんが。
地雷を踏んでしまったあとの、あの、数秒前の和やかな雰囲気をもう二度と取り戻すことができなくなったことを一瞬で理解してしまった悪寒 はもううんざりだしこりごりだが、おそらく今後も永遠にやってくる。
そのくせ地雷は設置する側と踏む側がいて、どっちも悪いはずなのに 踏んだ瞬間に踏んだ奴が悪者になる。権力は常に暴力を仕掛ける側にあるのだ。
恋人はぼくに恋の再現性を求めてくる。 ぼくが好きあるいは過去に好きだった女性との共通点探すことで安心するらしい。
でも、再現性のない恋の方がすごくないか?
「わたしはあなたと初めての体験をしていて、これからの初めての体験もあなたと過ごしたいと思っている。」
これで十分だし、それに再現性のある理由を求める方が野暮ってもんだ。
こうして永遠に近い夜戦を地中化で繰り広げながら 消耗したら負けのゲームをやっているような気がする。
ジリ貧で不毛だとしか思えなくて今日はぼくが喚き散らかしてしまった。。。
そんな感じで明日からも仕事に行くよ〜〜〜!!!
みんなの今日