日記 / 2023年2月23日

02/23

2分 · 992字日記2月

頭が痒い。シャンプーが四日くらい前に切れたのでここ数日湯シャンしてた。そして昨日は風呂に入ってない。シャンプーを買うことがあまりにも億劫。薬局に行って選ぶのがめんどくさい。 春休みになった。いい気分になって何にも阻害されることなく寝れると思って、好きなだけ寝たら15時間くらい寝ていた。

昨日の修論ポスター発表会の話 最初の15分くらい誰も来なくて寂しかったが、環境のよくわからん先生に少し詰められた。まぁよくわからん先生だったので無視。 その後電通の先生が来た。電通の先生は3ヶ月くらい前にかなりお世話になった。その際の話でぼんやり時間を過ごした。ただ、ぼくは彼のことを「なんか面白いことしましょうおじさん」だと思っているので、話をしても「なんか面白いこと」がどうこうの話になる。だからあまり思ったことをぶつけようという気にならない。 その後編集の先生が来た。作品について感想を話してくれたのでよかった。アウトプットの形として別に拘らず好きなことやればいいみたいな話された。 その後クィアセオリーの先生が来た。先日その先生のレポートでアツく文章を書いてしまったので、まず茶化された。でも一方で対話しようとしてくれる感じもあってよかった。 それとその流れで批評的なものが力を持ちうるのか、という議論をした。90年代のいわゆる現代思想が力を持ちえた時代はもう過ぎ、批評としてカウンターを行うという態度は今どのようにして可能なのだろうか。その先生は批評が力を持つためには、社会が安定していないといけないとおっしゃっていた。 そういう意味では人新生がやっているのは、世界の不安定さが露呈したなかで思考することについての問いであろう。ケアの倫理もその不安定さの中でどのようにして自己を保ちながら生きていくかが主題になっている。

ぼくが昨日の飲み会で話していたのは、決断の不可能性にある。ぼくは問いに直面したときに、うまいこと話してそうな哲学者を探してきてそれを参照するためにTwitterで検索する。今回の場合なら「デリダ 決断」だ。

現にそこにあることを保障するものとはつまり、確実性またはいわゆる基準論であり、それらによってわれわれは決断の正義を保障されるのだが、実を言えば決断の正義とはつまり、決断という出来事そのものである。」デリダ『法の力』

決断の瞬間は狂気である。

Cosmic Dance / 2023年2月23日
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