日記 / 2023年11月15日

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4分 · 1783字日記11月

なんとなく、アーベイン たまらなく、クリスタル

『たまらなく、AOR』は田中康夫がパーソナリティを務めるラジオ番組。高校生の時毎週欠かさず聞いてたのだが、今調べてみたら2022年で終わっていた。マイケルマクドナルドを初めて聴いたのも、プリファブスプラウトを初めて聴いたのも、おそらくキャロルキングを初めて聴いたのも、このラジオ番組だった。

さて、今aikoの『磁石』を聴きながら、これを書いている。

知ってる?パスタを食べるのにスプーンを使うのって芋っぽいってこと。

ブランドにこだわることは、vanityなのかな、と考えてしまう

『なんとなく、クリスタル』は究極の都市小説である。都市に浮遊する記号の数々がテキストに織り込まれ、全ページの半分近くを占めるnotesが、都市の記号を相対化していく。

では、なんとなく、クリスタルのクリスタルとはなにか。

「クリスタルなのよ、きっと生活が。なにも悩みなんて、ありゃしないし……」
 と、私が言うと、彼は、
「クリスタルか……。ねえ、今思ったんだけどさ、僕らって、青春とはなにか! 恋愛とは何か! なんて、哲学少年みたいに考えたことってないじゃない? 本もあんまし読んでないし、バカみたいになって一つのことに熱中することもないと思わない? でも、頭の中は空っぽでもないし、曇ってもいないよね。醒め切っているわけでもないし、湿った感じじゃもちろんないし。それに、人の意見をそのまま鵜呑みにするほど、単純でもないしさ」
 そう言って、タバコの火を消した。
「クールっていう感じじゃないよね。あんましうまくいえないけど、やっぱり、クリスタルが一番ピッタリきそうなのかなー」

らしいです。 言ってしまえば、お金があった時代の大衆消費を肯定しているだけなのだ。『構造と力』が『なんクリ』の翌年に発表される。 資本主義の逃れられなさに対して、自覚的にそれを内面化すること。簡単に言えば、「シラケつつノリ、ノリつつシラケること、これである。」

さて・・・

11月14日に中学校の同級生だった女性が東京から、福岡に来てくれた。めちゃくちゃ楽しかった。 彼女は、中学校の休み時間にひたすらインデックスを貸してくれた。多分僕はハルヒとか貸してた。 たまーにティンダー活動以外で、女性と遊ぶと本当に楽しい。

それはあらゆるなにか(自己紹介とか)をすっ飛ばしているということもあるのだろうけど、なんだろう、ホスピタリティが違う気がする。

ゲンロン15には東浩紀の客的-裏方的二重体という概念が存在する。要するに、「裏方的であれ。そして裏方のやり方を改善しろ。」というリベラリズム(例えば、地球温暖化なんかは、地球に対して「裏方であれ」という言説とも捉えられる。)に対して客と裏方を相互に行き来するしかできないんじゃないか、ということである。

だからホスピタリティの問題で言えば、ある程度の知り合いならば、適宜自分が客になってもいい。それはどっちが誘ったとか、どっちが来てくれた、とかではなくて、単純に、自分もケアされる存在でいていい、ということである。

それは、なんクリに惹きつけて言えば、自分も動物的に消費していい、ということである。ブランドを選ぶのに理由なんていらない。別に、ヴィヴィアンウエストウッドを着ることにパンクな意味なんてなくていい。「ヴァニティ」でブランドを選んでいい。(ヴァニティフェアにならなければ)「銀座の街で革命が起こったら、どのブランドを着て戦おうかな。」とか考えてるだけでいいのだ、(僕はギャルソンかな〜〜)、、

そして、客的-裏方的を往復している時は、消費を楽しめる。ティンダーで食べたご飯が美味しかったことなんてほとんどない気がする。昨日まで来てくれた彼女と太宰府で食べた、明太子フランスも明太子おにぎりは死ぬほど美味しかった。

人といるときに、無自覚な消費者になれて楽しかった。

ただこれって、じゃあ誰と出会うか、の話になった時にこれまで出会った人の中でしか出会えない、みたいになりそうで、俺がマッチングアプリをひたすらやっていたこの2年間はなんだったんだ、ともなる。

だからもう一回、リベラルアイロニズムのローティ読もうと思う。

Cosmic Dance / 2023年11月15日
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